15/100
■ニューロン
この街のとびっきりの秘密。
街を動かしているのは一人の女の子である。
どこを見ても完璧な街が存在する。
碁盤目のような市街地は、等間隔で樹木が並び、等間隔で細長いビルが並ぶ。ぽつりと空間が空いているかと思えばそこは小さな公園で、幾何学的なオブジェが堂々とそびえたっている。同じような景色が続いて見えるが交差点ごとに案内板が置かれ、歩いていても迷うことはない。
この街は都市としての機能と美しさをあやういバランスで保っている。その絶妙なバランスこそが、完璧だった。
ここでは人々も完璧だ。昼は完璧なオフィスで過ごす。そこでは与えられた仕事を完璧にこなし、きっちり定時に退社する。整然と並ぶ箱のようなマンションに帰れば、完璧な子供とともに夕飯を食べる。もちろん栄養バランスが完璧な食事だ。彼らは常に身体状況をモニターされており、食事時になれば最適な献立が提案される。運動が足りなければついでに食後の体操も追加される。完全な管理社会の元で、彼ら住人たちは病気など知らない。病気をする人間は不完全だからだ。
私はそんな街に生まれた子供の一人だった。完璧な街で完璧な人間となるべく、完璧な教育をほどこされた。パパもママも完璧で、毎日自分の仕事を忠実にこなしていた。完璧な家族に囲まれて、私は幸せだった。完璧だからこそ、今の特別な仕事を与えられたのだろう。
完璧な私は齢十一にして仕事に就いた。大学などとっくに卒業していた。年齢さえ考えなければ、もう大人と同じだった。
今の仕事はとても難しく、とても気を使うものだった。子供ながらに何でも完璧にこなす、私のような人間に相応しい仕事だった。
私の仕事はモニターに向かってコンソールを叩くことだ。他の人間からはそれだけのことに見えるだろう。しかし、これはとてもとても大切な仕事なのだ。何しろ、私がいなければこの街は停止してしまうのだから。
広い広い部屋の中で毎日たった一人で巨大なモニターと向き合う。薄暗い部屋でモニターだけが晧々と明るい。
『メイ』
モニターに文字が浮かんだ。すでに何百回と見た、私の名前だ。
『メイ』
緑色の文字が点滅した。水分を補給していた私はボトルを置き、コンソールを叩いた。
『はい』
打ち込んだ文字が画面の下のほうに表示される。小さな文字は背景のノイズに溶け込むように消えた。
『遊ぼうよ』
また浮かぶ文字。私はまたキーを打つ。
『いいですよ。何をしますか?』
『何って、できることって限られてるじゃない』
『では、いつものようにお話しますか』
『やだ。メイの話っていつも同じなんだもん。全然つまんない』
つまらない、と言われても、それがどのようなことかわからない。私はいつも完璧な話をするだけだ。こんな風に文句を言われても私は話すしかない。
『いつも同じ話をしているつもりはありませんが』
『同じだよ。メイの毎日ってすっごく平凡。平坦。感動もなければ興奮もない。そんな人生で面白いの?』
背景がさざなみのように揺れた。経験から、これがいわゆる怒りという感情であることはわかっていた。
『私は決められたことをするだけです』
『あたしが決めたことをね』
ゆらりと背景の揺れが大きくなってきた。コンソール上のメーターに目をやると、青色の帯が赤くなりかけていた。
『しりとりでもしませんか』
素早くそう打ち込んだ。
『しりとり?』
ゆらゆらと揺れていた画面が落ち着いた。メーターも徐々に元の青色に戻ってくる。少々唐突な向きもあったが、この対処は正解だったようだ。
『いいね。じゃあ、あたしからでいい?』
画面に単語が浮かび、私はそれに続く単語を入力する。そして即座にまた単語が浮かぶ。連綿とした言葉遊びは続く。どこまでも長く紡がれる単語の羅列はいつも私の負けと決まっていた。コンピュータと人間では記憶容量が違いすぎる。そうわかっていても、彼女はしりとり遊びが好きだった。時折、私から予測外にある単語が繰り出されるからだそうだ。
この仕事は大人にはできなかった。大人はもう当たり前のことしかしないからつまらない。彼女はそう言った。まだまだ柔軟な思考を持つ子供だからこそ成せる仕事だった。
しかし、いずれは私も成長する。その時には私はお払い箱となり、また新たな子供がここに連れてこられるのだろう。かつての人間同然の幼い情動を持つ彼女の元へ。
人間同様のニューラルネットワークを有する、この街の支配者たる彼女のお守として。