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■MD

 それはそれはとても天気の良い日のことだった。
「はぁ、これ何だべか」
 畑を耕していた喜助は、何やら土に埋まっているのを発見した。鍬を離し、土を分けてそれを拾い上げた。
 拾い上げると、奇妙な物はますます奇妙に見えた。薄っぺらい半透明の青い箱。中に七色の円盤が入っている。大きさは掌ほどだろうか。
「またえらく綺麗なもんだなぁ。瑠璃の類だべか」
 太陽にかざすと、光を受けてキラキラと輝く。喜助の顔面に水色の光が降ってきた。
「喜助さ、どうしただ」
 用水路の向こうから、同じく畑を耕していた男が声をかけてきた。
「おう、権太さ。こんなもんが土んなかに埋まってただ」
 喜助がそれを高くかかげる。乱反射した光で何なのかよく見えない。権太は鍬を放り投げ、用水路を越えて喜助の畑にやってきた。
「はぁ、またえれぇ不思議なもん見つけただなぁ」
 権太は喜助の手の中のそれを見た。
「権太さにもわからねぇだか?」
「ああ。おら、こっただもん見たことねぇだ」
 上から下から横から、ためつすがめつ眺めるものの、薄っぺらい箱に入った円盤の正体はわからない。
「これ、バテレンの文字じゃねぇべか」
 権太が表面を指差した。なるほど、良く良く見れば箱の表面には無数の記号のようなものが彫り込んである。
「何て読むんだべ」
 喜助は細かい記号に目を凝らした。
「庄屋様なら知ってるんでねぇべか」
 権太も細かい記号に目を凝らした。
「んだな。庄屋様に聞きに行くべ」
 二人は鍬を放り出したまま、村の庄屋の家へ行くことにした。庄屋様は元々土地の者ではなく、都から今の家へ養子に入った人間だった。若い頃は都で学者先生を目指していたらしく、博識で、村の者の尊敬を一身に集めていた。
 喜助と権太が肩を並べて歩いていると、
「おーい、喜助ぇー。権太ぁー」
 後ろから松蔵が走って追いかけてきた。
「見てくれ。おら、こんなもん拾っただ」
 追いついた松蔵が何か差し出してきた。喜助と権太は目を丸くした。それは薄っぺらい箱に入った円盤だった。
「おめ、これどこで」
 喜助が聞いた。
「畑耕してたら見つけただ」
「おらも同じもん見つけただ」
 喜助がそれを見せると、松蔵も目を丸くした。
「おめぇさんもか!」
 ただ、喜助のと松蔵のとでは色が違っていた。喜助のは青かったが、松蔵のは桃色だった。
「はあ、こっただ綺麗なもん見つけたんはおらだけだと思ってただ。すっげぇ見せびらかしてやろうと思ってたけんじょも、これじゃ自慢できねなぁ」
 松蔵は力なく笑った。何かにつけて自慢したがるのは松蔵の悪い癖だった。
「これから庄屋様にこれの正体を聞きに行くとこだ」
 権太が言うと、松蔵もついてくることになった。こうして同行は三人になった。
 三人は二枚の円盤をかわるがわる眺めては、「綺麗だなー」「こんなもんがこの世にあるんだなぁ」と溜息を漏らしていた。
 庄屋の屋敷の前で、お凛に会った。お凛は庄屋の屋敷の隣に住む気立てのいい娘だった。まだ嫁をとっていない三人は、お凛の前だと自然と緊張した。
「やあ、お凛。どうしただ」
「ああ、喜助さ。権太さに松蔵さも」
 お凛はほっかむりをしていた。家の手伝いでもしていたのだろう。三人に気付くと頭の手ぬぐいを取った。
「ちょっと庄屋様のところにと思って。喜助さ達も?」
「んだ。畑でちと珍しいもん拾っただ」
 話しながら四人は庄屋の屋敷に入った。
 三和土で奥に声をかけると、庄屋様本人が出てきた。
「おやおや、これはこれは四人お揃いで。今日はどうした」
 よっこらしょと言って、庄屋様は上がりかまちに腰を下ろした。
「おらたち、畑でこんなもん見つけただ」
 喜助と松蔵が光る円盤を差し出すと、お凛が驚いた声を上げた。
「おらも同じもん見つけただ」
 お凛は袖の中から平たい箱を出した。掌大のそれは半透明で中に光る円盤が入っている。たしかに喜助たちのと同じ物だった。ただ、お凛のは赤い色をしていた。
「ほう、これはまた珍しい物を」
 庄屋様はしきりに感心しながらその三枚を受け取った。やはりためつすがめつ眺め、光に透かしてもみた。
「これ、何だべか」
 喜助が聞いた。
「それ、バテレンの文字だべ?」
 権太が聞いた。
 庄屋様は答えなかった。じっくりじっくり、四人が欠伸するまで調べていた。
「これはなぁ、『えむでー』という物だ」
 気の済むまで調べたのか、唐突にそう答えた。
「えむでー?」
 四人が声を揃えて聞き返した。
「んだ。わしも本物を見るのは初めてだ」
「それ、何なんだべ? 道具だべか?」
「宝石でねぇべか?」
 喜助の問いに続けて松蔵も聞いた。何でもかんでも宝物の類にしたがるのも松蔵の悪い癖だった。
「こいつにはな、音楽がつまっとる」
「音楽? 全然聞こえねぇけど」
 権太が庄屋様の手の中から青色の物を取り、耳に当てた。それを見て庄屋様は笑った。
「そんなんじゃ聞こえんよ。ぷれーやーという道具が必要なんだ」
「じゃあ、これだけじゃ何の役にも立たんのか」
 松蔵はがっかりしたように『えむでー』を見た。
「『えむでー』は大昔に使われていたものなんだ。こいつが畑で見つかるとはなぁ。もしかすると、ここら一体、遺跡があるのかもしれんなぁ」
 しみじみと庄屋様は言うが、ロマンよりも明日の飯のほうが大事な四人にはまったくどうでもいいことだった。太古に思いを馳せる庄屋様が楽しそうには見えるが、今ひとつピンとこない。権太が、
「はあ、学者先生を目指してたお人はやはり違うだなぁ」
と漏らした。
「庄屋様ー。こんなもん見つけただが」
 帰りかけた四人の前に三平が現われた。三平の手には、黄色の『えむでー』が握られていた。

 結局この年、村は作物ではなく『えむでー』が取れる村として有名になった。

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