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■手を繋ぐ
つんとアルコールの臭いが鼻につく。私はだらしない恰好で横になっていて、半分だけ開いた目でじっと一点を見つめていた。
日付はとっくに翌日に変わっている。せいぜい二畳半しかないラグの上に、私と亮ちゃんと無数の空き瓶空き缶が転がっていた。まさしく宴の後。たった二人の宴会は朝まで続くかと思ったものの、家主の乱入で呆気なく終わった。アルバイトから帰宅した家主は自宅の惨状に絶句した後、大きな溜息をひとつついて私たち二人に毛布を投げて寄越した。
宥めてもすかしても疲れ切った家主には通じず、容赦無く電気を消して、
「おやすみ」
それだけ言ってベッドに潜り込んだ。やがて規則的な寝息が聞こえてくる。家主が遊んでくれないとつまらない、と私たち二人も大人しく毛布を被った。
薄暗い室内。目の前に白い物が浮き上がっている。寝返りを打った家主の手がベッドからはみ出て垂れていた。右手だ。薬指に銀の指輪が光っている。彼女と交換したとか言っていたような気がする。
彼女、ね。
声に出さず口の形だけで呟く。あの幸せそうな顔を思い出すと、胸を焦がすような何かと、春の陽射しのような温かい何かが溢れてくる。
遠いな。
彼がこの距離を望んだから私はここにいる。一番近くにいるはずなのに遠い。 すぐ目の前にある手。人差し指でそっと指先に触れた。体温が伝わる。でも、言葉は伝わらない。伝わっても受け入れてくれない。繋いで歩けたらどれほど幸せだろう。もう何年も隣にいるのに、一度も繋いだことがない。
指の腹を撫でる。余程疲れ切っていたのか、起きる気配はない。アルコールでとろんとした視界に映る、届きそうで届かない手。でも今なら?
ああ、指輪が邪魔だな。
(美奈子)
ひっそりとした囁きに我に返る。
(こいつの幸せは俺達の幸せ、だろ)
咎めるような、だけど柔らかな声が耳を刺す。私は手を引っ込めて頭から毛布をに潜り込んだ。
そんなことわかってるよ。
ふて腐れた声で心の中で呟く。亮ちゃんがまだこっちを見ている気がする。
時計の秒針が静かに夜を刻む。
おやすみ。