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■ポラロイドカメラ

 テレビで天才カメラマンの特集をやっていた。
 夕飯後のパパとママとお姉ちゃんは食い入るようにそれを見ている。ユタカは真剣な家族の隣で16パズルをやっていた。
 天才カメラマンは世界でも認められている。パリやミラノやニューヨークでも個展を開き、有名人がいっぱい来る。ナレーターがそんな人たちの名前を二、三人読み上げる。ジャックなんとかとか、ウィリアムなんとかとか、どこでも聞くような名前。でも、どこかで聞いたような名前。
 今度の週末から東京でも個展が開かれるんで、テレビでやっている次第。
 テレビで流している映像は、その天才カメラマンの撮影の様子だった。ファインダーを覗く目は真剣で、小さな手で慎重にシャッターを切る。被写体は人間だったり建物だったり動物だったりと実に様々。
 奇抜なカメラアングルと、写し出された無邪気な心が評価されている理由だった。
「この子、七歳だって。ユタカと同じじゃない?」
「あら。本当」
 お姉ちゃんとママがユタカを見る。
 たしかに、テレビの中の天才カメラマンはユタカと同じ年頃の少女だった。
「子供のすることって大人には予測がつかないし、真似できないからねぇ。個性が出るのよ」
 滑り台を足の間から見上げた写真。醤油瓶の穴に最接近した写真。町工場のおじちゃんが煙草をふかしている写真。
「視点が大人とは違うんだ。だからこんな構図になるんだよ」
 パパが感心したように写真を見ている。テレビ画面の下のほうに、『新作写真集も同時発売』と白抜き文字で書いてあった。
「ユタカにもやらせてみたら? こいつも案外やるかもよ」
 高校生のお姉ちゃんがニヤニヤと笑ってユタカを指差した。
「そうね。それも面白いかも。うちにも天才が、ってことになったらテレビ局が来るわよ」
 ママが嬉しそうに言った。
「うーん……それはどうかなぁ。ユタカはどうしたい?」
 パパに聞かれ、ユタカはうなずいた。
 実際のところ、話なんて聞いていなかった。あと少しで完成しそうな16パズルに夢中だったからだ。
 とりあえず返事しておけば何とかなる。反射的に首を振っただけだった。

 翌日。
 パパがいつもより早くお仕事から帰ってきた。
 紙袋を持っていて、迎えに出たユタカに手渡した。
 袋から出そうと思ったけど、玄関で開けるとママに怒られるからとりあえず茶の間に移動した。
 茶の間で袋から出す。丁寧に包装された箱が出てきた。
「あら、何なの?」
 目ざとく夕飯の支度をしていたママが聞く。
 ユタカは、何箇所もテープでとめられた包装紙をびりびりと破いていった。おもちゃにしては小さくて、お菓子にしては大きい。花の写真がパッケージを飾っている。
 どこから開けていいかわからなくて、箱を何度もひっくり返す。
 パパがネクタイを緩めながら入ってきて、ユタカから箱を取り上げた。中身を出してユタカの前に置く。
 銀色の変な形の機械。はめこまれたレンズがユタカを見つめている。睨み返すと、レンズの中にユタカの姿が見えた。
「ポラロイドカメラだよ」
 取り扱い説明書を見ながらパパは機械をがちゃがちゃといじる。いじっているうちに一部分が外れた。
「壊した!」
 ユタカが叫ぶと、
「違うよ」
 と苦笑した。
 厚みのあるアルミパッケージを切り、中から平べったいものを出した。それをカメラにはめこんで、パパは外したものを元に戻した。
「さあ、これでいいはずだ。ユタカ、笑って」
 パパが機械をユタカに向けた。笑ってピースをした瞬間、激しい光がユタカを直撃した。まぶしくて思わず目をつぶった。
 じりじりじり、という音とともに、機械が黒い舌を出してきた。レンズの下のスリットから白い縁取りの黒い紙が吐き出される。
 パパはそれをつかみ、ひらひらと空中で何度か振った。ユタカを手招いていた。
「ほら、見てろ」
 パパの膝の上に載り、手の中の黒い紙をじっと見る。
 ぼんやりと、白いものが浮かんできた。
「ぼくだ!」
 笑ってピースするユタカが写っていた。
「すごい! すごいすごーい!」
 渡された写真をかかげ、電灯に透かすようにして見る。写真の中のユタカはちょっと前の時間のユタカだった。切り取った時間がそこにある。
 膝の上にいることも忘れてはしゃいだ。そんなユタカを見てパパは満足そうに微笑む。
「これがポラロイドカメラって言うんだ」
 そしてパパはカメラの使い方を教えてくれた。とても簡単だった。構えて穴を覗き、カメラの上部についたボタンを押すだけ。
「撮っていいの?」
「いいよ。好きなだけ好きなものを撮りな」
 パパの膝から降りて、ユタカは好きなもの探しを始めた。とりあえず、茶の間を見回してみる。
 テレビと、その上に置かれたウルトラマンの人形。夜店でパパがとってくれた金魚。学校の宿題でがんばってつくった、牛乳パックの貯金箱。おいしいママのご飯。
 ぐるりと見てみると、部屋の中は実に好きなもの、大事なものだらけだ。どれから撮ろうか迷う。
「ただいまー。何やってんの?」
 部活動で遅くなったお姉ちゃんが帰ってきた。鞄を持ったまま茶の間と続きの食堂に入り、ついでにおかずをつまみ食い。
 そんなお姉ちゃんにカメラを向けてみる。
「じゃーん」
「あ、カメラじゃん」
 お姉ちゃんがピースする。疲れた顔が作り笑いを浮かべた。
 でもシャッターを押さなかった。
「何よ。撮らないの?」
 で、疲れた顔に戻る。レンズを向けられると笑ってしまうのは女子高生の性らしい。
「撮るよ。こっちに来て」
 一番最初に撮るものを決めた。ユタカはパパとママも呼んで、仏間に来てもらった。
 仏壇の前に座ってもらう。仏壇には三年前に亡くなったおじいちゃんの遺影が飾ってあった。
 モノクロ写真の中のおじいちゃんは楽しそうに笑っていた。これはたしか、競馬で勝った時の写真からつくったのではなかった。ユタカはこの遊ぶことが好きなおじいちゃんが大好きだった。
「そんな、お法事の時の記念写真じゃないんだから」
 苦笑しながらもママは仏壇の前に座った。おじいちゃんの遺影を隠さないように注意しながらおねえちゃんとパパも座る。
「いい? いくよー」
 ユタカがファインダーを覗く。パパもママもお姉ちゃんも、にっこりと笑った。
 光が閃き、ほどなくカメラは紙を吐き出す。
 みんな寄ってきて、ユタカの手元の紙を覗きこんだ。四角く縁取られた真っ黒い画面に、少しずつ家族の集合写真が浮かんでくる。
「何これ……」
 思わずお姉ちゃんが呟いた。
 写真に浮き上がってきたのは仏壇前に座るパパとママとお姉ちゃん。遺影を隠さないようにと真ん中は空けたはずなのに、空いていなかった。ちょこんと白い何かがある。
「いやだ、これおじいちゃんよ」
 半透明で色がないおじいちゃんの姿が真ん中に写っていた。
「親父の……幽霊?」
 パパは写真と仏壇を見比べる。
 三人の顔が青ざめた。
「みんなの写真、撮れたねー」
 無邪気な笑顔のユタカは別の被写体を探して仏間から出て行った。
「親父がそこにいるってことか……?」
「ほら、子供って感受性強いから……」
「ユタカにはおじいちゃんが見えてるってこと? ねえ、お母さん!」
 写真を手にしたまま、ママの身体がふらりと後ろに倒れていった。あわててパパが支える。
「ポチー、笑ってー」
 どこかでユタカがシャッターを切る音が聞こえた。

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