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■ベルリンの壁

 細長い赤いロケットが西から東へ飛んでいった。
 しばらくすると、また別の細長い銀色のロケットが東から西へ飛んでいった。
「何がはじまるのでしょう?」
「戦争ですよ」
「せんそう、って何ですか?」
「国同士のケンカです」
 そう言って、彼は少し悲しげに笑った。
「東の国と西の国で?」
「東の国と西の国で」
「その間にあるこの国はどうなるんですか?」
「さあ?」
 と、彼は肩をすくめた。仕立てのいい服の胸についている勲章が揺れた。
 東には鉱業と商業が盛んな大きな国があった。西にも機械の生産が盛んな大きな国があった。二つの大国に挟まれたちっぽけな国は酪農と農業くらいしか取り柄がない。
「逃げてください。あなたの大事な人たちに知らせて、南へ逃げてください。一刻も早く」
「あなたは誰ですか?」
 彼はあいまいに笑うだけで答えてくれない。ゆうべに聞いた名前以外、彼のことは何も知らない。知る必要もない。たまたま我が家を訪れただけの旅人。
「もう二度と会うことはないでしょう」
 二人で道端の柵に腰掛け、空を見上げる。赤いロケットが二本飛び、銀色のロケットが三本飛んでいった。
「お世話になりました。皆さんによろしくお伝えください」
 服と同じ色の帽子をかぶり、彼は左へ、僕は家族の待つ右へと別れた。

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