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■パチンコ
学生さんは暇である。
真っ昼間から煙草くわえてパチンコ打ってても、文句を言われる筋合いはない。
隣では、うだつのあがらないサラリーマンが、つまらなそうにレバーを握っている。よれよれのスーツが倦怠的なムードを漂わす。
会社とも奥さんともうまくいってないんだろ。
分かり切っていることを聞いてやりたくなる。
背中合わせには、パサパサ茶髪のけばい女が3枚目のカードを入れていた。強く噛んだフィルターは千切れそう。無駄に短いスカートから伸びる痩せぎすの腿が、栄養不足を物語る。
夜は綺麗なお姉さん。
この列には私たち三人しかいなかった。それどころか、このパチンコ屋には私ら三人しか客がいなかった。
狭い狭いフロアの中で、どうした縁でこうして客が固まっているのやら。
カウンターでは、バイトのねえちゃんが肘ついて船を漕いでいる。不況を知らないはずのパチンコ屋。経営難の兆しではないのか。
暇なら大学行けばいいだろう。
そう言ってくれた男はもういない。
講義に出ても、学食で飯食っても、やりきれない想いだけが残る。
ピロピロピロピロ
耳に残る電子音。打ち始めてからこっち、まったく変化がない。煙草はすでに一箱が終わりそう。
スーツの親父さんもけばいねーちゃんも同じらしく。ずっとガラスの向こうを睨んでいる。
小さな液晶画面の中のドラムが回り、左に4、真ん中に3、右に8。目が止まったらまたスタート。ドラムは回るけれど数字が揃わない。
手持ちの玉も少なくなってきた。尻のポケットには千円札が二枚。これもすべて玉にしてまおうかどうか。
ぐるぐる回る三つの数字。ぐるぐる回る背景のアニメ絵。
煙草の灰を落とす。睨んでいることに疲れ、椅子の低い背にもたれかかる。
左に9、真ん中が0、右が2。リーチですらない。数字の列。
騒がしいけれど怠惰な店内の天井を、煙草の煙が漂い行く。
不意に隣の親父が拳を握り締めた。ガッツポーズの前の格好だと思ってくれればいい。 くわっと目を見開き、鼻先がくっついてしまいそうなほど台にへばりつく。
「来い、来い」
うわごとのような呟き。
次の瞬間に吐き出されるのは溜息だ。簡単な予測。だって、そこは今朝一時間以上打って出なかった台なのだ。
案の定、親父は肩を落として椅子に腰を戻した。
パチンコの何が楽しいのさ。
そう言った男に、私は返答できなかった。
長い沈黙の後、暇だから、としか言えなかった。
フィルターまで吸い尽くしたマイルドセブン。新たな一本を求めて指が動く。左手が当たり、煙草のソフトパックが床に落ちた。拾い上げて振る。中身はすでに空だった。
舌打ちして握りつぶす。山となっている灰皿のてっぺんに載せた。
とんとん、と背中が叩かれた。
振り向くと、けばいねーちゃんがそこにいる。ドラムを睨んだままのねーちゃんが、煙草を差し出していた。
ラッキーストライクのボックス。
「昨日の戦利品。一本やる」
ハスキーな声。
ありがたく一本抜き取ると、太いシルバーリングをはめた手が戻っていった。
「出ませんね」
背中越しに話しかける。
「今日は験が悪い」
不機嫌な返事。
「おねーさんは毎日来てるんですか」
「まあね」
「好きだから?」
「暇だから」
組んだ足が空箱を蹴った。会話はそれで終わり。
ラッキーストライクに火をつける。深く吸って、長く吐く。レバーを離せば玉は出ない。電子音だけが規則的に鳴り続ける。
成果の出ない、無為な時間。
もっとやるべきことはあるんだ。
そう言って、男は意気揚々と大学の門を出て行った。
もう二度とくぐるつもりがない門。男の行方は知れない。
どうして客が入らないのか。
とてもとても簡単な理由だった。
この店は玉が出ない。
私たち三人はたっぷり一日かけてそれを検証してから、夕刻に揃って店を出た。うるさい店内を後にして、店の前で別れる。それぞれ次の目的地へ。
言葉はない。別れ際、私はねーちゃんに煙草の礼を言った。それだけだ。
だって知り合いでもなんでもないから。
親父が商店街の方へ消えて行き、ねーちゃんが繁華街の方へ消えて行った。
私は家に帰る。札を何枚か入れてあった尻ポケットには、もう何もない。日が暮れる。
学生さんは暇である。