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■マヨヒガ
ひっそり闇夜をまさぐる音がある。一人暮しを始めてからすっかり眠りが浅くなり、ほんの少しの物音で目が覚めるようになった。それが無意識の防衛本能だということは、人に指摘されて知った。
壱哉は暗い天井を見る。常夜灯の電球が切れてしまったようだ。目を開けても辺りは指先すら見えない暗闇だった。枕元を探ると時計に手が当たる。ぼんやりと薄く浮かび上がった針は三時過ぎを指していた。朝はまだ遠い。
強く腕にしがみつく物がある。それは鼻をすすりながら必死に壱哉にすがっている。頭まで毛布にくるまり、胎児のように体を丸めていた。
小さな頭を探り、壱哉は優しく撫でる。滑らかで温かな髪が一瞬震え、しかし誰の手か思い出して穏やかな息遣いに戻る。わしづかみにできてしまうほど小さな頭だ。肩も抱き寄せ、安心させるように薄い背中を軽く叩く。
「まだ朝じゃないよ」
幼い声が何事か呟く。弱々しく闇の存在を訴え、光を求め、出口を求める。今よりも昔、最初の頃は眠りすら拒絶していた。瞼を閉じればやってくる暗闇の恐怖が睡眠欲求を上回っていた。不眠症は肉体だけでなく心も蝕んでいく。
今ではだいぶ眠れるようになったものの、時折発作を起こす。だから壱哉は寝る時は明かりをひとつだけつけるようにしていた。今日はたまたま電球が切れてしまったのだ。
「僕はここにいるよ。ずっと一緒にいる。だからゆっくりおやすみ」
壱哉の囁く声が闇に染み渡る。やがて腕を掴む手から力が抜け、健やかな寝息が聞こえてきた。
そっと毛布をめくる。闇に慣れた目に、おかっぱの髪を乱した少女の顔が映る。
願わくばこの子から全ての災厄が払われますように。
幼子の背を撫でて壱哉も眠りについた。
夜はまだ長い。