■社内恋愛
皆様お久しぶりです。勇者課の大原です。
入社から二年が経ちましたが、俺たちは相変わらず元気に世界を守っています。
あえて変化を挙げるならば、ちょっと前に魔王を倒したことによる大幅レベルアップで使える魔法が増え、俺がパーティーリーダーになってしまったことくらいでしょうか。勇者しか使えない魔法なんてものを習得してしまったので。
パーティーリーダーと言ってもそれはいわゆる異世界の皆さんに対する対外的なもので、班としては相変わらず小林先輩がチーフです。昨年に係長研修に行ってきたとかで、先日係長に昇任していました。おめでとうございます小林係長。仕事はまったく変わりませんが。
給料が上がった分、毎回の打ち上げ費用の負担額多くしてくださいね。
誰もが知っている大企業の片隅に、耳慣れない名称の部署がある。
不況の世においては信じられないくらいの高待遇。福利厚生はしっかりしているし、仕事も大事だが社員の体のほうが大事と無理はさせない。そして特殊手当がある分、同期よりも少しだけ給料がいい。
いわゆる慈善事業の類であり、とてもやりがいがある。他の業務では決して経験できない、人に感謝されまくる素晴らしいお仕事だ。
若葉マークも取れたから、晴れてこう名乗ろう。
俺は勇者。世界を救うのがお仕事です。
さて、今日も今日とて俺たちは異世界で魔物討伐のお仕事だ。
今日はとある国からの依頼で、魔王城から飛来する魔物の群れを迎撃する業務だった。今回ばかりは数が多く、俺たちだけでは手が足りないので国王軍も参戦している。
次から次へと襲ってくるガーゴイルやらワイバーンやらに弓が、クロスボウが、投石器が、時には魔法が応戦する。凶悪で巨大な飛行モンスターに最初は恐怖すら感じたが、慣れてくるとカラスみたいなものに思えてきた。
激しい攻城戦が繰り広げられる中、城の尖塔の天辺に、スラリとした影があった。
名弓手の杉野さんだ。いつもより大きな弓を構え、主に目などの急所を狙った精密な射撃で確実に撃ち落していく。中学から続けていて、全国大会出場経験もあるという腕は伊達ではない。
その杉野さんに負けじと頑張るのが石岡先輩。こちらは弓ではなく、スナイパーライフルを携えている。杉野さんほど正確ではないが、狙いを外して無駄弾をつくるような真似だけはしていない。
どこでそんなのを覚えてきたのだろう。研究者は海外出張とかあるからそういう機会にでも習ってきたのかな。
二人が大物を落とす度に周囲の兵士たちは歓声を上げ、続けとばかりに発奮する。そりゃ戦意も上がるよな。エーススナイパーの杉野さん、贔屓目に見れば結構美人だし。
そして俺と小林先輩はというと、屋根に座りながらその様子をぼんやり眺めていた。
言い訳をさせてもらえば、俺と小林先輩は遠距離攻撃が得手ではない。剣を持って前衛に立つのが役割で、普段は遠距離型の杉野さんと石岡先輩たちは支援に回っている。今日はいつもと逆で、積極的に攻めるのが杉野さんたち、もしもの場合に本陣を守るのが俺たちという配分になっている。つまり適材適所というもので、今俺たちが手も足も出ないというのもやむを得ないというわけだ。むしろ俺たちが働き始めたらそれこそ落城の危機だ。
だからこそ、俺たちは暇なほうがいい。
「なあ、大原ぁー」
屋根の上で体育座りの小林先輩。
「なんですかぁー」
その隣でやはり体育座りの俺。河原で黄昏る高校生みたいだなと一瞬思ったことは秘密だ。
「杉野に彼氏できたらしいぞ」
「マジで!? ってブフォッ」
思わずタメ口で叫んでしまい、小林先輩に殴られる。戦士小林は俺より力が強いので本気で痛い。
「おう、市原さんから聞いた」
ああ、市原さん。委託で入っている清掃会社のおばちゃんだ。俺が入社するより前から社内の清掃に従事しており、社内予算から社長の替えのヅラの在り処まで、何でも知らないことはないと言われている。「清掃婦市原」と言えば知らない者はいない。
その市原さん情報なら確実だろう。
「そっかー、杉野さん彼氏いるのかー」
残念、と口には出さない。ほんのり憧れがあったのは確かだ。弓も強いが気も強く、いっぱしの男でもちょっと尻込みしてしまうような勢いがある人ではあるけれど、それがまた魅力であると入社して一年が過ぎる頃に気が付いた。
さようなら俺のマドンナ、と内心で呟こうとして、マドンナってほどの色気もないな、と思い直した。
「市原さんが知っているってことは、もしかして社内の人間ですか?」
「そうだよ。営業の古橋。知ってる?」
あー、と生返事をする。営業部の古橋さんは、子会社からの転籍組で、今では営業部でトップの成績を誇るスターだ。帰国子女だかでおまけに顔も良くて、女子社員からの人気も社内一。平凡な面の俺は、こんな漫画でしか見たことないような人間が現実にも存在するのかとショックだった。
「オフィスラブとかいいっすね。トレンディドラマですね」
「そうだね。大原ってバカだよね」
バカとは何だと頭にきて小林先輩に飛びかかるも、あっさり手首を取られて組み伏せられる。経験と力の差がツライ。下剋上は夢のまた夢。
「社内恋愛ってことは、仕事終わった後にデートとかしてるんですかね」
「だろうなぁ」
「古橋さん、杉野さんの業務知ってるんですよね? デートの時に『血なまぐさーい』とか『硝煙の臭いがするー』とか言われたりしないのかな」
「知らないよ」
「え?」
「古橋は勇者課を知らない」
唖然として小林先輩の顔を見上げる。ちなみに先輩、俺に乗っかったままだ。しっかり手首が決まっていて痛い。
「今の俺たちは、書類上は総務部総務二課ということになっている。勇者課という名前ではない。古橋が来たのは課名変更になってからだから、あいつは俺らが何の仕事をしているか知らないだろう。杉野が言ってなければ、な」
「ちょっと待ってくださいよ! 課名変更なんて聞いてません!」
「まあそらなー。業務自体は変わらんし、別に言わなくてもいいかなーと思って言ってなかった。ちなみに変更は社長の方針。『勇者課って名乗るの恥ずかしくね?』だってよ」
「そりゃ恥ずかしいと言えば恥ずかしいですが……」
いや、今の問題はそれではない。
「杉野さん、絶対隠してますよね」
「ああ、隠してるだろうな」
「最近、毎日ちゃんとシャワールーム使ってから帰っていくから変だと思ったんですよ」
「ああ。使ってるシャンプーも消臭効果高いものに変わったし、香水もつけるようになったし、経費で消臭剤買ってたな」
「男だったんですね」
「わかりやすいと言えばわかりやすいな」
「においとか細かいところ気付いていた小林先輩も気持ち悪いですけどね」
「部下の変化に気付くのも上司の仕事だろう」
「それっぽい理由つければいいと思ってる……いだいいだいいだいいだい!」
思いっきり腕を捻り上げられる。林檎も平気で潰す腕力でやってくるものだから、肩が抜けそうに痛い。
「口ごたえするにはまだ早いぞ、大原」
にやりと笑う係長は、まだどこか少年の面影が残っている。
「古橋さん、今の杉野さん見たら何と言いますかね」
「見せてやりたいところだが、まあ、まず並みの男なら逃げるだろうな」
そう言った小林先輩の視線の先には、右手に短い曲刀を持った杉野さんがいた。弓で落としきれなかった分をあれで迎撃したのだろう。紫色の、まず人の物ではない体液で体中が染まっている。凛々しい顔についた返り血を手の甲でぐいっと拭う。そして素早く剣を納め、再び大きな弓を構える。
「結構タフですよね」
「でないと勇者課なんて勤まんねぇよ」
結局出番がなさそうだと、俺と小林先輩は二人並んで体育座り。青い空に浮かぶ黒点もかなり減ってきた。
「杉野さん、幸せになれますかね」
「まともな女の幸せが欲しくなったら勇者課なんざやめるだろうよ」
そうですよねーと相槌を打って、俺も小林先輩もいつか勇者課を辞める日が来るのだろうかとぼんやり思った。