■採用面接
誰でも知ってる大手企業ともなれば業務内容が多岐に渡る。マスコミを呼んでの新商品発表会という華々しい仕事もあれば、社屋屋上の空中庭園の草むしりなんて地味な仕事もある。人によって適不適はあるものの、サラリーマンは所詮雇われの身。どんな業務を言いつかっても、逆らってはいけないという宿命にある。
こんにちは、大原です。今日も元気に会社の下僕をやっています。
「小林先輩」
「バカ、チーフと呼べ」
「じゃあチーフ。なんで俺達はこんなところにいるんですか」
「俺達の明るい未来のためだ」
「いやしかしこれはあんまりじゃないですか」
こそこそと背後に囁く。背中合わせの人は正面を見据えたまま、こちらを向いてくれる気配もない。
そんな俺と目が合ってしまった一人の青年がびくりと顔を強張らせた。薄い笑みを浮かべて会釈してくる。
ヤバい、勘違いしてる。
「絶対人事部だと思われてますよ」
ここは新卒採用面接の待合室だ。長い会議机がカタカナのロの字のように並べられ、これから人事面接を受ける学生が座っている。俺達はよりによってそのど真ん中、テーブルの内側にいた。この場所、常に学生の視線を浴びるから落ち着かない。まるで舞台上のようだ。晒し者にされているような気がして仕方がない。
採用面接は会場に入ってから始まっていると言われる。案内、呼び出し、待合室待機要員に至るまで、全ての社員が常に学生たちを品定めしている。特に待合室では待っている態度、他の学生との会話をチェックされている、と。おそらくこの待合室の学生達もそのつもりでいるに違いない。
他の会社ではそうなんだろうけど、と俺は心の中で溜息をついた。
残念ながら俺達は勇者課。名刺上の肩書きは総務部二課。たしかに将来有望な新人を探してはいるけれど、学生諸君が期待しているものは持ち合わせていない。
「入って早々にコスプレだもんな」
声に出して呟いてしまった。背後から肘で突かれ、無言で諌められる。
勇者課のお仕事はまさに『TVゲームの勇者になること』 ちょっと危機に陥っている世界を救う慈善事業だ。大手企業なら大抵やっている事業だが、一般にはあまり知られていない。あまりどころか全く知られていない。特に秘密にしているわけではないものの、事業内容が内容なので誰にも信じてもらえないというのが本当のところだ。
当然ながら仕事場は異世界。剣と魔法のこってりとしたファンタジー世界だ。そんな世界でスーツを着ていては仕事にならず、郷に入っては郷に従えとばかりに鎧やらひらひらした服やらを身に纏う。現代社会に生きる純日本人がそんなの着たところで似合うはずもなく、日々、納まりの悪いコスプレ姿であっちの世界こっちの世界と飛び回っている。
これが大手企業のビジネスマンの仕事ととは誰も思うまい。
「石岡先輩とか杉野さんのほうが人を見る目あると思うんだけどなぁ」
「まるで俺達が馬鹿みたいな言い草だな」
馬鹿ですよ、と言いかけて言葉を飲んだ。
「だって頭使うより反射神経が命の前衛職じゃないですか」
俺達は四人のチーム、ゲーム風に言えばパーティーを組んでいる。俺と小林先輩は前に立って武器を振るう戦士組。今話題に出た石岡先輩と杉野さんは遠隔攻撃主体の後方支援組だ。敵を前にして考えてなんかいたらあっという間にやられてしまう。
「課長飛び越えて社長命令なんだから我慢しろ」
「はいはい」
自分だって本当は嫌なくせに。誰にもバレないようにこっそり溜息をつく。
社長も突然すぎる。これまで一度も勇者課に顔を出したことがなかったのに、いきなりやってきて「明日の面接で勇者課の新人を選べ」とか無茶にもほどがある。いつぞやに小林先輩がぼやいていた、「パーティーは六人がいい」発言を受けてのことらしい。四人の今でもバランスは整っているからこのままで一向に構わないのに。
こうして頭が鈍重な戦士組は再び新メンバーの選定に入る。
待合室にいるのは俺達を除いてざっと十人。学生達は面接前でただでさえ緊張しているのに、更に社員の俺らがいるためにどうしようもなく空気が重い。この張り詰めた空気の中にいつまでもいたらお腹が痛くなりそうだ。
一人一人顔を見ていく。暑苦しい笑顔のガタイがいい奴、線が細いどころかもはや骨皮な奴、見ているほうが可哀相になるくらい緊張している奴、余裕そうに見えるけど目は笑ってない奴。眺めているとなかなか面白い。俺にもこんな時期があったよな、と大人の余裕すら生まれる。
手元には彼らの履歴書のコピーがあった。ファイル一冊分、計百枚。これが今日一日で面接する全員分らしい。これ全部目を通して、全員と話さなければならないのだから人事課も大変だ。
ファイルをパラパラとめくり、盗み見つつ比較していく。
「チーフ、三番はどうでしょう」
三番は俺から見て右手。部屋の最奥にあたる。そこでは背の高い青年が文庫本のページを繰っていた。髪は短く刈っていて健康的に日焼けしており、スーツの上からでも肩の筋肉がわかる。見るからにスポーツマンタイプだ。
「体力ありそうですよ」
履歴書の束をめくる。有名私立大の経済学部生、趣味・特技はバレーボール。自己アピールによると、大学のバレー部にも所属していたとのことだ。
「何を読んでいるかはわかりませんが文庫本持ち歩くくらいですから、少なくとも脳味噌筋肉ではないでしょう」
精悍な顔に知性が光る。バレーボール経験者ならチームプレイにも問題ないだろう。心技体が揃ったなかなかの素材だ。
「ダメだ」
なのに小林先輩は一刀両断する。大真面目な顔で他の大学生を眺めつつ、
「俺よりモテそうだからダメ」
仕事なんですから私情は抜きにしてください。言いそうになって口をつぐむ。
「でしたらその隣の隣の人」
こちらは一見普通の青年だ。顔も並、体格も並。他の学生達が緊張に体を強張らせている中、悠然と椅子に腰掛けてただ静かに目を閉じている。眠っているのかと見ていたが、頭が全くふらつかないので起きていることは確からしい。その姿は瞑想する聖職者という趣がある。
趣も何も、履歴書をめくったら聖職者そのものだったのだけれど。
仏教系大学の仏教学部生。実家も寺。どう考えても跡継ぎフラグ。
実家を継げば安泰なのにわざわざ企業就職するのはどうしてだと思えば、志望欄にはしっかり『社会勉強のため』と書いてあった。なるほど、今の坊さんにはこういう社会経験も必要らしい。
「度胸がありそうです。あと、坊さんなら回復魔法とか使えるようになるんじゃないですかね」
回復系は喉から手が出るほど欲しい人材だ。魔法、それも回復魔法を使える素質というのはなかなかないらしく、業界にも数えるほどしかいない。僧侶はどこの企業の勇者課でも優遇されるとも聞いたことがある。
ちなみになぜか俺も回復魔法を使えるけれど、ホイミだけなのですこぶる役に立たない。
「ダメだ」
またも一刀両断。この人、何が気に食わないのだろう。
「そんな高潔な奴、説教してきそうだから嫌だ」
だから私情は抜きにしてください。たしかに小林先輩は普段はだらしないけれど、仕事となれば完璧じゃないですか。仕事って言っても戦闘だけですが。
それからも何人か良さそうな人をピックアップしてお伺いを立ててみたけれど、小林先輩はどれもこれも難癖をつけて却下していく。俺は立場的にも性格手にも小林先輩に強く言えない。やっぱり杉野さんもいたほうが良かったんだ。
もうダメだ、これ無理だ。
これでは来年の後輩加入は望めないな、と今日何度目になるかわからない溜息をついた。
俺の下っ端生活はまだまだ続く。