6.
プラスチックの容器を振ると、カラリと乾いた音がした。残りはあと少しだけのようだ。
マルチビタミンと書いてある容器の蓋を取って逆さにする。
一粒しか出てこなかった。そのたった一粒を口の中に放り込んで噛み砕く。味も感じない。水無しで飲み込んだ。
いつもと同じ、だけどいつもと違う朝だった。
起こしてくれる人もいない。朝食を作ってくれる人もいない。
一人暮しの人間の、普通の朝。
私が起きてきたときにはすでに暁生はいなかった。ベッド代わりのソファの上には、几帳面に畳まれた毛布が載っている。ちょっと散歩にでも行ったかのように、何も持たずに出て行った。
すぐに帰ってくる。買い物袋を抱えて暁生は姿を見せる。
そう願って私は待った。会社は風邪を理由に休んだ。栄養剤を噛みながら、私はずっと待った。
調べた限りでは暁生が人を殺したという事実はなかった。
では。
あの夜、暁生が全身に浴びていた血は誰のものだったのだろう。誰を殺して、どうして私のもとに戻ってきたのだろう。
二年間、暁生はどこで何をしていたのだろう。私が知らない二年間。ソファに座ってぼんやりとそんなことを考えていると、暁生が手の届かないほど遠くへ行ってしまったように感じた。
結局、私と暁生は他人なんだ。
自然と視線はベランダに向いていた。ベランダに焦点が合う。
無かった。
刃を剥き出しにしたナイフがなかった。存在したことの証として血痕だけを残し、そのもは消えていた。
「はは……」
愉快でも何でもないのに笑いが漏れる。声だけの笑いだ。
暁生は帰ってこない、と確信した。
今度は泣かない。涙なんて一滴も出てこなかった。
人は時とともに変わる。私も変わった。
そして多分、暁生も。