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時間病(4):back/小説目次/next

 時計が、遅れていることに気が付いた。
「あれ?」
 テレビで昼のトーク番組が始まった時、僕の目覚まし時計は六時を指して鳴いていた。テレビの中で芸能人同士のトークが繰り広げられる音と、アラームの電子音が同時に耳に聞こえている。同時に聞こえるはずのない音が聞こえる。ありえないことだった。
 誰かがいたずらしたのかもしれない、とビデオの取り出しボタンを押してみる。毎朝時計を合わせる僕の習慣を知っていて、録画しておいた昼の番組を流しているのかもしれない。だけど、ビデオはテープが入っているどころか、電源すら入っていなかった。それどころか、テレビのチャンネルは昨夜つけっぱなしで寝てしまったそのままだ。
 明らかに何かがおかしかった。昨夜の僕は日付が変わる十二時頃に寝たはずだ。疲れていてテレビをつけたまま寝てしまったから時間は不正確だが、少なくとも十二時台以降の時刻は目にしていない。つまり、十二時前には寝たということだ。そして今日は五限しか講義がないが、図書館に行きたかったのと、慎二と昼食を食べる約束があった。よっていつも通り、六時起床の予定としていた。僕は目覚まし時計を六時にセットした。これもいつものことだ。
 そして今朝。目覚まし時計は六時に鳴った。時計は六時を指していたが、実時間では十二時を示している、らしい。半日足らずで目覚まし時計は六時間も遅れてしまっていた。電池式の時計だから、仮に深夜に停電が起こったとしても止まってしまうことはない。
 腕時計を見た。
 掛け時計を見た。
 滅多に鳴らない携帯電話の待ち受け画面を見た。
 全て、六時過ぎの時刻を示していた。
 テレビではトーク番組が続いている。風の強い外では市役所の広報車がゴミの分別収集を大声で叫んでいる。風が強いのは台風が近いからかもしれない。テレビの画面上部では、僕の知らない事件の犯人逮捕を速報で報じている。そんな見知らぬ土地で起こった見知らぬ事件は、どこか遠い別の世界の出来事にしか感じない。僕の世界で起こっている異常はそれとはまた質が異なる。誰かが関与しているとは考えられず、僕だけの僕自身の問題、なのだろう。
 もう一度、考えてみる。僕は毎日六時間寝る。長くても八時間。よほどのことがなければ半日も眠っているなどということは起こりにくい。だけど、いつものように起きたら昼の十二時だった。寝たのは昨夜の十二時だった。時計は全て六時だった。時計だけは僕の感覚の上での正しい時を刻んでいた。実時間はそれよりも進んでいたわけだが。
 僕の世界では他の世界ではありえない異常が起こっている、らしい。未だ信じられず、憶測として言っているが、おそらく確定なのだろう。
 僕の時間だけが遅れている。
 滅多に使わない携帯電話を取り、番号を三回、押す。一を二回、七を一回。耳を当てると電子音が一定の単調なリズムで鳴り続ける。そのリズムをバックに、十秒ごとに時刻を読み上げる女性の声。
『六時三十七分二十秒をお知らせします』
 時報までもが時の遅れを告げていた。二分間、時報を聞いてから電話を切った。待ち受け画面は聞いたばかりの時刻を表示している。
 直後、滅多に鳴らない携帯電話が鳴り出した。時報とは待ったく違うリズムの単調な電子音。反射的に耳に当てる。
「もしもし?」
「俺だ、俺」慎二だ。「今日、飯食う約束だっただろう? どこ行く?」
 忘れていた。約束があったから今日は午前中に図書館に行く予定だったのだ。
「希望がないなら俺が勝手に決めていいよな。な?」
 勿論、異論はなかった。手早く電話を済ますと顔を洗い、着替えて身支度を整えて、テレビを消した。狂ったままの時計を腕につけて靴を履く。
 扉を開けると強い風が身体を乱暴に撫ぜていった。風が強い他はとてもいい天気だった。塗ったような青空を、くっきりと浮かび上がった白い雲が流れていく。一瞬だけ、雲にまで置いて行かれるように錯覚した。見上げた空は眩しかった。

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